コラム

「憎まれ役から指導者へ ~酒井大祐の15年間を支えたもの~」

 2018年4月30日(月・祝)から5月5日(土・祝)に大阪で開催されていた「第67回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会」を最後に多くの選手がコ―トを去った。今年は、長年Vリーグのチームを渡り歩いて戦ってきた髙橋慎治(ジェイテクトSTINGS)や、中学生で全日本に選出され注目を浴びてきた狩野舞子(PFUブルーキャッツ)らが引退し、それぞれの花道を飾った。
その中の1人にサントリーサンバーズの大黒柱といっても過言ではないベテランリベロ・酒井大祐の姿もあった。


ー試合に出場したかった理由

高松卓矢選手 写真
酒井は、東海大学卒業後、2004年春にJTサンダーズに入団。この時は社員契約だったが、2006年からプロ契約を結んだ。2008年には右膝の半月板損傷という大怪我を負うが、カムバックした翌年の2010年に再び日の丸を背負った。

酒井は、内定年を含めて15シーズン、Vリーグの舞台で戦ってきた。2017/18V・プレミアリーグの11月26日JT戦において、山村宏太(サントリーコーチ)が持っていた日本最多通算出場セット数を塗り替えた。
新記録達成のインタビューでは、「自分はバレーボールが本当に好きで、ただ試合に出ていたい。その気持ちだけでやってきた。」と述べた。言葉は非常にシンプルだが、その想いを体現するために、酒井は限られた時間と向き合い、葛藤した日々を送ってきた。

高松卓矢選手 写真クリスティアンソン監督と高松卓矢選手
「チームは何人も選手を抱えています。試合に出るために自分は何をするべきか、そこでただ待っていたら食われてしまうし。試合に出て勝つためなら、何でもするって思ってやってきました。勝ちたいから、上下関係なくガンガン厳しい態度もとってきました。だけど、JTにいた頃、セッターの深津(旭)から『チームの雰囲気をメッチャ悪くしていますね…』と言われたんです。自分自身、上の人に言われて『なにクソ!』と頑張ってきたので、効果があるのかなと思っていたのですが、これじゃあかんのか…と思いましたね。」





 

 

 


ーリベロは1人じゃ何もできない


高松卓矢選手 写真高松卓矢選手 写真すべては、まだ日本一を手にしたことがないチームを強くさせるためだった。
酒井は勝負にこだわり、リベロという立場でチームを厳しく律してきた。「ガミガミ言っても、試合に出ていないと、『この人、何言ってんの?』となりますから(笑)。」と自らの発言を裏付けるためにも、試合に出続ける必要があった。

しかし深津の言葉をきっかけに、酒井は変わった。それが大きな転機となった。
「リベロは1人では何もできないポジションだということに気づきました。社会の立場でいうと中間管理職ですかね。アタッカーやセッターをつなぐ位置にいるし、監督と選手をつなぐ位置にいる。大変だけども社長にはなれないんです(笑)。それは冗談ですが、30歳過ぎてから相手に物事を伝える時、どうやったら伝わるのかを考えるようになりました」

少しずつチームが回り始めたJTは、2014/15シーズンのV・プレミアリーグで悲願の初優勝を果たす。その翌年に酒井はサントリーに移籍するが、年を重ねるごとに古傷のある右膝をかばうプレーも多くなった。35歳を超えた身体は、言うことをきかなくなった。
現役最後のシーズンは、リベロとレシーバーを兼用。チームとしては非常に苦しいシーズンだったがリベロで出場した試合はチームに活力を与え、勝利に貢献した試合もあった。身体が悲鳴を上げながらも、引退試合となった5月3日黒鷲旗の準々決勝・東レアローズ戦までコートに立ち続けた。

クリスティアンソン監督と高松卓矢選手
「思うように動けなくなってから、また気づいたことがありました。20代の頃は、ディグを成功させるには、自分の勘とか瞬発力とか走るスピードが大事だと思っていました。身体能力ってやつですね。でもそれだと身体が動かなくなった時にいつかは限界がくる。極論、リベロの技術力がどんなに長けていてもボールはつながらない。ブロッカーや自分以外のレシーバーの動きが成立して、初めてボールをつなぐことができる。リベロに求められるのは、今チームがどんな状況で何をすべきかを察知して組織を動かしていく力だと思います。」






 

 

ーコートの中と外の組織力

酒井がリスペクトする組織力が高いチームが、今シーズン3冠を達成したパナソニックパンサーズだと言う。
「一見、個の力が強いと思いますが、ブラジル式の攻撃を取り入れたり、サインブロックをしていたり、個の力が強いうえに組織としても成り立っているチームだと思います。一方で勝負弱いチームというのは、たとえばブロックとディグを一生懸命やっていてもそれぞれ思っていることはバラバラ。前で勝負するのではなく、あえてレシーバーがいるところに打たせるとか、当たり前のようなことでも統一されていない。それが強いチームと弱いチームの違いですね。」

クリスティアンソン監督と高松卓矢選手リベロは“ひとつのボールをつなぐ”という、バレーボールの本質の中枢を担うポジションだ。プロのリベロとして、長年自分の役割を見出してきた酒井が唱える組織力は、コート上のことだけではない。それは、10月からスタートする新リーグに大きく関わることである。

「新しいリーグで、選手たちがパフォーマンスを上げていくためには、本当の意味で環境を変えていかないと変わらないと思います。どうしたら試合に出られるか、もっとどん欲になってほしいですし、組織が機能させるために自分の役割を認識したほうがいいと思います。たとえば契約を正社員ではなく期限付きにするとか、スポンサー1社とってきたら契約を更新するとか。チームを運営する側も変わらないといけないと思います。」





 

 

 

 

ー『ダメ』と言えるバレーボール界へ

酒井はこう続ける。「JTでがんばっている深津は30歳になって、『あの時の酒井さんの気持ち、わかります』って言います(笑)。年代関係なく選手である以上、1番になりたい、負けたくないという気持ちと責任を持って、勝つための練習に取り組めるか。ファンの皆さんも応援しているチームが時にはつまらない試合をしたら、ブーイングしてもいいし、『ダメ』と言えるバレーボール界になってほしいと思います。」

高松卓矢選手 写真引退を迎えるまで、ベテランとして胸に抱えてきた想いを吐露した酒井。今後の新天地は未定だが、コーチングの分野に興味があると言う。
「もし指導の現場にいっても、技術的なことは教えようと思っていません(笑)。自分がやってきた技術がその選手に当てはまるとは思っていませんから。指導者の役目というのは、選手にとって必要なものを気づかせてあげることではないでしょうか。選手自身が、本当に変わりたいと思わなければ、根本的には変わりませんから」

新しい道には、また選手時代とは違ったさまざまな苦難が待ち受けているかもしれない。それでも、酒井なら乗り越えられる。リベロとして『ボールと人』をつないできた経験が、きっと今後の大きな資産となるだろう。



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